前編に引き続き、兵庫県神戸市西区の有機JAS認定農家、ナチュラリズムファームの大皿一寿さん、純子さんご夫妻の話をお届けする。後編はケールから離れ、大皿さんの「農と食」との関係や想いに触れる。

取材・文:笠原美律
撮影:久保秀臣

農業のきっかけは、若手社員の乱れた食事

就農した当初は、会社員との兼業だった。きっかけは、若手社員の荒れた勤務態度を改めるため、人財育成の一環として野菜を育てはじめたことだ。

「紐解いていくと、食生活が乱れすぎている。食べるものが変われば、生活習慣も、仕事へのモチベーションも変わるんじゃないかと考えたんです」

実家の農地を使って有機野菜を育て、事務所に置いておくと、「これ、部長が作ったんですか」「この野菜何ですか」などの会話が生まれた。「顔の見える」新鮮な野菜を目の前にすると、お昼休みにカップ麺ばかり食べていた子たちが、少しずつ野菜に手を伸ばしはじめ、勤務態度も少しずつ改善されていった。

全員の意識が劇的に変わったわけではなかったが、一定の効果は見られたことで、大皿さんは農や食の力に興味を持った。やがて、専業にしようと思うようにもなった。

「会社員の仕事は経済的に安定しているし、責任のある立場でしたから、やりがいもありました。でも、自分じゃなくても成立するって思っちゃったんですよね。であるなら、このやりかけた農や食の世界を究めてみようと」

専業農家になって生活習慣も食生活も良くなったが、数年後、大皿さんは体調を崩した。不規則で多忙すぎる会社員時代も体調に不安を抱えていたが、騙しだまし過ごしていたという。膿が一気に噴き出したのだろうか。高血圧と高血糖で緊急入院に。

より一層、食生活を改善した。オーガニック野菜を中心に、食べ過ぎない食習慣を身につけたら、「今ではもうインスリンは不要になり、血糖値も安定しています」と、自身の経験も経て、改めて食の大切さを実感したのだった。

なお最近は、リフレッシュと体力づくりも兼ねて、夫婦でサーフィンに出かけることもあるという。心身ともに健康まっしぐらだ。

CSAが日本の農業を救う?

専業後しばらくは、売り先も売上も安定せず、「いやぁ、ほんとに大変でした」と、回顧する。

2015年から神戸の中心部、三宮でファーマーズマーケット「EAT LOCAL KOBE(以下、ELK)」がスタート。毎週出店していると、神戸界隈の飲食店とのつながりができ、少しずつ販路が増えていった。ELKの開催場所は在住外国人の多いエリア。ファーマーズマーケットで顔見知りになった外国人のお客さんから、「CSA」という仕組みを教えてもらった。「新しいもの好き」ゆえの行動力で、2016年に有機農業仲間と「BIO CREATORS」というグループを組んでCSAをスタート。いまでも収入の要だ。

大皿さんは、「なんでもやってみる」。好奇心に突き動かされる行動力で、自身の活動の幅を広げ、地域のうねりも興してきた。

CSAはアメリカ・オレゴン州のポートランドで盛んに行われ、農家と地域住民との関係が近く、成功例とされている。消費者が数カ月分の野菜代を前払いし、農家はそれを栽培にかかる費用(種や苗、道具など)に充て、大皿さんのたちのグループの場合は収穫したら近隣の「ピックアップステーション」で渡すという仕組みだ。

消費者は旬の採れたて野菜を手に入れることができ、かつ田植えや味噌づくりなどのイベントにも参加できる。農家・農業を身近に感じ、食育体験が気軽にできるというわけだ。農家は経営が安定し、新規就農者の離農防止にもつながる。

日本では現状、なかなか定着していない仕組みだが、兵庫県や神戸市のCSAをけん引しているのは、大皿さん率いる「BIO CREATORS」。最近では、一般社団法人農サイドとして、民間企業と契約する「職場CSA」も進めている。なお、兵庫県はCSAに参画する農家に助成金を出すなど、積極的に支援をはじめた。

CSAの認知や理解が進むと、「消費する」農業ではなく、「支え合う」ものへと意識が変わるかもしれない。昨今の「米騒動」を見るにつけても、日本の農業に光が差す一手になりえると感じた。

今やらなきゃ、残らない

現在、大皿さんのもっぱらの関心事は、「次の世代へ残す」ということ。何を残せるのか、残すべきなのかも含め、能動的に動く。

たとえば、主軸の農業。神戸は実は、農業が盛んな都市だ。有機栽培や自然栽培、あるいはそれらに近い農法を選択する人も多く、大皿さんも開園当時から有機農法を採用している。2024年10月に神戸市はオーガニックビレッジ(※)宣言をし、兵庫県は47都道府県の中でもっとも多い9市町村がオーガニックビレッジの取り組みを開始している。

※農林水産省が推進する、有機農法を地域で取り組む産地の支援。有機農家を増やすだけではなく、地域や事業者を巻き込んだ地域ぐるみの取り組みを行う市町村を「オーガニックビレッジ」としている。2024年末時点で131市町村が取り組む。2030年までに200市町村(全国の市町村数の約1割)でオーガニックビレッジの創出を目指している。

大皿さんは県や神戸市と手を携えて、積極的に有機農法の拡大に努める一方、県内の横のつながりも構築し、イベントや講演会などを率先して行う。

神戸にも新規就農者は少なくないが、やはり高齢化や担い手不足といった、日本各地で抱えているこれらの問題にもれなく直面している。

「おそらく、一般的な人たちが思っている以上に、我々農家はすごく深刻な問題として、日々実感している。次の担い手を育てていかないと、日本の農業に未来はない」と、危機感を募らせる。

農業に限らず、様々な業種業態で「担い手不足」「次世代の育成」は待ったなしの課題。大きなヒントになるような大皿さんの言葉に、はっとさせられた。

「今がんばらないと。今、風が吹き始め、波も起こっている。ここで動ける人が動かないと、好機を逃す」

危機感とスピード感、そして、「やさしさ」を持って動け、ということなのだろう。

農業をはじめるきっかけとなった会社員時代、若手社員のために有機野菜を作りはじめたことにも通じる気がした。

食が変われば、身体も人生も変わる。

自身の経験もあるからこそ、「未来のために、次世代のために」の言葉が響く。

いくつもの肩書や活動を並行させて、6匹のヤギたちや研修生たちと、有機野菜、そしてケールと向き合う日々は続いていく。

ナチュラリズムファーム
兵庫県神戸市西区玉津町二ツ屋286-1
090-8934-6611
https://naturalismfarm.com/