ケールのウェブマガジン、「KALEZINE」がいよいよスタート! 特集第1号は、2024年11月下旬発売『ケールのレシピ ~強く、やさしく、美しい。魅せられるケールと料理』の料理・レシピ制作を担当したamasora池㞍彩子シェフのインタビューです。
前半は、池㞍さんが生み出す料理のベースとなっている出会いや考え方について、後半は「KALEZINE」主宰で『ケールのレシピ』の編集者でもある笠原との対談。3時間にも及ぶ密度の濃いロングインタビューとなりましたので、2回に分けて、お届けします。


『ケールのレシピ ~強く、やさしく、美しい。魅せられるケールと料理』の料理とレシピを担当し、枠に捉われない自由な発想で新たなケールの魅力を教えてくれている池㞍彩子さん。前編では料理を仕事にするまでの道のりや、料理をする上で大切にしていることを聞きました。

取材・文/川嶋亜樹 撮影/東郷憲志

料理家 池㞍彩子(いけじり・さいこ)さん

兵庫・神戸市生まれ。地元の洋菓子店「ダニエル」に8年間勤務し、販売と製造を経験。その後、京都のお菓子教室でアシスタント講師などを務め、2010年にアトリエ「甘空」設立。大阪、本町クッキングスタジオ「シェリプロ」講師や「フロレスタ キッチン コドモ」のシェフ兼開発顧問に就任。2018年、芦屋にデリ&スイーツ店「amasora」をオープン。全国各地の生産者を訪ね、吟味した食材を使用し、素材そのものの味わいや力強さを大切にした“自然派料理”を提唱する。
デリ&スイーツ店 amasora

小さい頃から
作ることも食べることも大好き

料理の道を志すようになった原点は何ですか?

子どもの頃から料理が大好きでした。食べることも、作ることも。いつも料理番組で観たレシピを真似して作って、歳の離れた妹と弟に半ば強引に食べてもらっていました(笑)。「美味しい」って喜んでもらえると、すごくうれしかったんです。おばあちゃんが料理上手だったので、物心がついた頃には一緒におせちを作ったりとか、料理のお手伝いもよくしていましたね。

高校卒業後は地元の短大に進学して、そのまま一般企業に就職しましたが、小さい頃から憧れていたお菓子作りの夢が忘れられなくて。3年働いた後、学生時代から通うほど好きだった洋菓子店「ダニエル」で働きたい!と門を叩きました。

でも今考えると、怖いもの知らずもいいところで……。ダニエルは、いろいろな経験を積んだパティシエが、自分のお店を構える前に箔をつけたくて勤める人もいるくらいの存在。専門学校を卒業したばかりの人もいますが、製菓学校も出ていない私のような素人が面接を受けるところじゃないんです。でも、そういった業界事情も含めて“何も知らない”ところが「面白い子だな」と感じてもらえたみたいで、幸運なことに23歳で就職。最初は販売でみっちりサービス業を経験しながらも、厨房に入ることを決して諦めず、一人で基礎を練習しながら4年後、やっとパティシエの業務に就くことができました。そこからさらに4年、念願のお菓子作りに明け暮れました。

お菓子作りから
今につながる料理の道へ

小さい頃からの夢だったお菓子作りではなく、料理家として活動するようになったきっかけは何かありましたか?

厨房に入って4年目の頃は30歳を過ぎていました。30歳前後って、どんな職業の人でも将来のことを考えてモヤモヤしたり、今後のキャリアを悩んだりする時期だと思うんです。私は何より、ずっと体力仕事を続けていく自信がなくなっていました。

そこでいったん、ダニエルを退職。お菓子教室を開催したり、京都でケーキ店「ミディ・アプレミディ」を営んでいた津田陽子さんのお菓子教室でアシスタントをさせてもらったり……。今後について考えながらフリーランスで活動していたところ、知り合いからドーナツ専門店の「フロレスタ」が、自然派料理レストランを開業するにあたってシェフを探していると声を掛けてもらいました。

それが料理の道への第一歩です。でも、自分の中では今も昔も、料理とお菓子作りは別のものだと思っていなくて。どちらも、誰かに自分の作ったものを食べてもらい、喜んでもらいたいという思いの延長線上にあるものです。とはいえ、本格的な料理の提供は未経験。素材選びからメニュー作りにいたるまで、本当に多くのことを学ばせてもらいましたね。

シェフ兼開発顧問を務めた自然派料理レストラン「フロレスタ キッチン コドモ」での経験が今につながっているのですね。

もともと「フロレスタ」は、創業者である前田夫妻のお子様がアレルギーを持っておられたので、市販のお菓子を食べることができず、「子どもに安心して食べさせられるおやつを作りたい」との思いではじまったお店なんです。レストランでも、まずは無添加や自然の素材を探すことから始まりました。実際に産地を訪ねたり、一つひとつの素材とじっくり向き合う考え方は、今の「amasora」のコンセプトに続いています。

よくよく考えてみれば、ダニエルも国産小麦をはじめ、素材は厳選したものを使っていました。ダニエルの世界しか知らなかったので、それは当たり前のことだという認識でいましたが、今の時代、多くの場合はそうではなく、むしろ“特別”なことのようです。学生時代から無性に惹かれていたダニエルの世界観や美味しさを形作るものは「素材へのこだわり」があったんだなと。

「フロレスタ」に携わる前から生産者を訪ねたり、食材の文化や歴史を添えて食事を楽しめるガストロノミーレストランも好きだったのですが、「フロレスタ」での経験を経て、自分が心から好きなこと、大切にしたいことに気がつきました。

先入観を持たず、
素材の声に耳を傾ける

池㞍さんが料理をする上で大切にしていることは何でしょうか?

素材の声をよく聴くことですね。レシピありきで素材を選ぶのではなく、目の前にある素材の声に耳を澄ませています。たとえば、シャドークインという色鮮やかなジャガイモであれば、この素敵な紫色を生かすためにあっさりと仕上げよう。じゃあ、ポテトサラダかなっていう感覚。ブロッコリーも1分茹でるのがセオリーだけど、このブロッコリーは茎が太いからもう少し長がめに茹でようとか。ほんの小さな積み重ねが、誰かの美味しいにつながると信じています。

糀や酵素などの「発酵」も料理のキーワードの1つですよね。

10年ほど前に塩糀に出会って、「無添加でこんなに美味しくて、身体にいいものがあるのか」と感動しました。私は比較的のんびりしている性格なのですが、ピンと直感の働いたものにはとことん追求します。九州の糀屋さんの元を訪ねて作り方を教えてもらって以来、お店で使っている塩糀や甘糀、柚子の酵素シロップは切らすことなく手作りを続けています。

微生物の力を借りて料理やお菓子作りをすると、とってもありがたい気持ちになるんです。糀が発酵している間に、人間では計り知れない何かが料理をさらに美味しくしてくれている。昔の人が「八百万の神」といって、お酒造りのときに「美味しくなりますよう。」にと神頼みするのと、きっと同じ感覚。自分の技術ではなく、素材や自然や環境、気候・風土、生産者の人たちなど、みんなの力が合わさることで、食べてくれる人が笑顔になる一皿ができるんだなと日々、実感しています。

<後編>に続く。『ケールのレシピ』制作秘話やケールについてのお話をお届けします。

amasora(あまそら)

兵庫県芦屋市
https://amasora.com/