この「KALEZINE」に欠かせない存在、『ケールのレシピ ~強く、やさしく、美しい。魅せられるケールと料理』本についての制作秘話をお送りします。

文:笠原美律


ケールの視覚と味覚の
「美」を全面に押し出す

本書では、全体的なテーマを「アート」と設定。ケールの美しさや多彩さ、力強さを表現することを第一に置きました。なぜなら、ケールへの固定観念、先入観を解きたかったから。多くの人が抱く、ケールは「苦い」「青汁に入っているヤツ」「サラダやジュースにする程度」という見方を変えたかったから。

なぜ日本ではそのような印象がついてしまったのか。こんなにもいろいろな種類があるのに、いろいろな味わいもあるのに。サラダやジュースで生のまま食べるほか、煮ても焼いても、刻んでもペースト状にしても、存在感を失うことなく、ほかの食材の邪魔もしない。ボリュームや華やかさがある品種は盛りつけにも便利。品種によっては茹でても嵩(かさ)がそこまで減らないので、食べごたえもコスパもいい。こんなに魅力的な野菜への偏見を少しずつ取っ払っていきたいと思ったのです。

海外ではもはや一般的で、日常的に食べられていたり、欠かせない料理になっている国もあるというのに。日本はいつまで「苦い」「サラダ」という一辺倒のままなのか……。

なので、まずは「きれい」「美味しそう」などと感覚に訴え、そして作って食べて「美味しい」「こんな食べ方もできるのね」と知ってもらうことで、ケールへの見方が変わる突破口になればいいなと考えました。

ケールとその料理の
秘めたる力に胸打つ

料理・レシピ制作を池㞍さんに依頼した理由や構成についてのお話は、『「ケール×出版」特別インタビュー<後編> ケールにルールはない!変幻自在の力持ち』をお読みいただくとして……。ここでは、撮影秘話を少しご紹介。撮影は2024年5月某日。丸4日間かけて行われました。5品種、色や産地、細かい種類に分けると、10種類以上のケールを使っての料理制作、撮影となりました。スタジオ一面ケールだらけ。おそらく今後、こんな刺激的な光景は二度と見られないんじゃないかと思うほどでした。

手作り調味料なども含めると、料理数は50点以上。池㞍さんとは事前に入念な打ち合わせを重ね、何をいつ、どういう段取りで撮るのか決めていましたが、撮影当日に変更することも多々。しかし、池㞍さんはもちろん、多大なる信頼を寄せているカメラマンさんやデザイナーさん、細かいサポートをしてくださったアシスタントさんやamasoraスタッフ皆さんのお力で、混乱なく進行。何より、ケールと料理の絵ぢからが素晴らしいので、サクサクと撮影は進みました。どうすればケールの瑞々しさや強さ、各品種の特長を魅せられるか。葉脈や茎の断面、葉の形状、色みの違い……。1枚ずつじっと眺めながらどこをどう切り取るか、向き合っていきました。

時折、背景紙はどれにするか、食器はこっちの方がいいんじゃないかなどの議論はあったものの、概ね順調。ある料理のカットで、私のケール愛がすぎるがゆえの提案に、そこにいた全員が一斉に、「いや、それはやりすぎなんじゃないか……」といわんばかりの表情を向けて、ストップをかけてくれたことに、感謝しています。

お昼休憩には、午前中に撮った料理をいただきました。「まだ試作段階のものもありますよ」という池㞍さんやアシスタントさんの言葉をよそに、私たち制作スタッフは「美味しい」を連発。ケール好きで、割といろいろ作ってきた私でも、「ケールがこんな料理になるのか!」「この味のバランスは……すごい」という驚きと発見の嵐。ケール料理にあまりなじみのなかったカメラマンさんやデザイナーさんも、「ケールがこんなにも美味しいとは……」と呟く。そりゃぁ、池㞍さんの料理&レシピですから!ケール本を作っている一番近い人たちに、ケールの美味しさを知ってもらえて、「つかみはOK」という気持ちにもなりました。

順調な撮影に
ほっとしたのも束の間……

撮影が終わったら、数字の入ったレシピ原稿を送ってもらい、私が自宅で試作。疑問や質問は都度amasoraさんを訪問して解消。このクールを何度も繰り返し、原稿を整えていきました。何よりも困ったのが、ケールが手に入らなくなっていったこと。撮影用のケールは、本書の監修をしていただいた増田採種場さん(ケール品種を多数開発している種苗会社さん)に特別に育てていただきました。また、増田さんのところで育てていない品種は、撮影時期に収穫できるという広島の七三農園さんに送ってもらったので撮影は可能となったのですが、試作が佳境となる6〜8月は夏。ケールは暑さに弱いので、だんだんと品種がそろわなくなりました。撮影日にケールを間に合わせることに注力しすぎて、自分が試作する段階のことがすっかり頭から抜け落ちていました……。近所の八百屋や自然食品のお店を片っ端からたずねたり、本書の農家一覧に掲載している京都の86farmさんがまだ収穫していると知って注文したり、秋田の農家・ガイアガーデンさんがご厚意で提供くださったりして、なんとか試作を続けたのでした。

ケールの知られざる可能性に光をあてるために

カバーや中面の目次、章トビラには、ダイナミックなケールの写真に、刺繍を用いた繊細なアートワークが施されています。これらはアーティストの清川あさみさんに制作していただきました。ここも本書のテーマ「アート」を表現するための要でした。ケールのレシピ本をアートで作ろうと思ったときに降りてきたイメージが、清川さんの作品だったのです。ケールの特長を生かしつつ、まさに文字どおり華を添えてくださったアートワーク。帯を外すと全容が出てくるので、じっくりと堪能していただきたい、見どころの1つです。

制作の最終段階、入稿(印刷所にデータを入れる)間際まで、このアートワークも含め、文字やデザインなど微に入り細を穿つ修正を重ねました。入稿したあと、印刷所から色校という(主に色確認のために本紙で刷る)ものが出るのですが、ここでも細かく調整。また、私があることでずっと悩んでいたところ、束見本(文字などを刷らない製本の見本)を出すときに印刷所さんが特別に配慮してくださったおかげで、最後の最後まで、デザイナーさんと相談できたり、製本の段階でも……。とにかく、1つひとつの工程において、作り手それぞれの想いと、読者から見たときの視点を軸に議論を重ね、積み上げていきました。何より、この企画を認めて、ずっと寄り添い、見守り、ここぞというときに的確なアドバイスをくださった版元さんのおかげで、本書が無事に完成しました。

書籍編集をはじめて手掛けた20数年前、「いつか自分がおばあちゃんになったときにも残るような本を作ろう」と思ったことがありました。この『ケールのレシピ』本も、流行り廃りではなく、末永く手元に置いてもらえるような1冊になれたら。これは、今回の料理・制作スタッフみんなの想いでもあります。

今後、ますます紙の書籍が減っていく時代になっても、紙が多少ぼろぼろになっても、子どもや孫、友人や知人、いろんな人に手渡してつながっていけるような存在になれたら。私自身、そうしていきたいなと思います。きっとその先に、日本でもケールがあたりまえにある暮らしが来ると願いながら……。

※そのほかの秘話や私のおすすめケール料理などは、「note」で追々綴っていこうと思います。

『ケールのレシピ ~強く、やさしく、美しい。魅せられるケールと料理』