
『ケールのレシピ ~強く、やさしく、美しい。魅せられるケールと料理』において知識の監修を務め、書籍に登場するケールの生産にも協力してくれた「増田採種場」。1925年創業の老舗種苗メーカーで、アブラナ科の品種開発を続けながら日本で初めてケールの品種登録を実現。生産者としても長年ケールの普及に尽力する先駆者のもとを訪ねました。
取材・文:川嶋亜樹
撮影:内藤貞保
アブラナ科ひと筋!
日本ケール界のパイオニア

自然豊かな静岡県磐田市に本社を置く増田採種場は、約100年もの間アブラナ科に特化した品種改良を行う種苗メーカーです。研究は芽キャベツやキャベツからはじまり、キャベツだけでも100以上の品種を開発してきました。
ケールとの関係は深く、1990年にキャベツとケールを掛け合わせた「プチヴェール®」の開発に成功。2005年にはコラード系ケールの「ジューシーグリーン」で、日本で初めてケールで品種登録を実現しました。

増田採種場の専務取締役・増田秀美さんは、「海外の一部の国では、日本でいうホウレンソウのように、もっとポピュラーに食べられている野菜なんです。栄養価が非常に高く、美味しくて健康になれるスーパーフードを、日本にも広めたいと研究を続けてきました。ここ数年、日本でもようやく注目されてきたと感じています」と、長年ケールと向き合ってきた自信をのぞかせます。
研究者であり、生産者である強みを生かして自らマーケットを開拓

増田採種場がほかの種苗メーカーと大きく異なるのは、育種や種苗に留まらず、生産から販売までを手掛けていること。
「研究者であり、生産者であることが私たちの大きな強みです。生産者をターゲットに行う品種開発が一般的な中で、マーケットの最新動向をイチ早く知るために生産や販売事業をはじめました」と増田専務。
そこで気づいたのが、日本に根づいている「ケール=苦い」という先入観。

「日本では青汁の原料とのイメージが強く、苦くて食べにくいと敬遠されがちでした。そこで葉がごわごわしていて硬めだったケールをやわらかく、日本の食卓にも取り入れやすいよう改良を重ねました」と振り返ります。
そうしてジュースやスムージー向けの「ジューシーケール」のほか、サラダなど生で食べられる甘くてやわらかな「ソフトケール(サンバーカーニバル種)」などを次々と商品化。

1990年のプチヴェール®を皮切りに本格的にケールに着目していましたが、手応えを感じたのは2015年前後と長い年月が掛かったそう。
「アメリカでケールブームが起きた頃に、栄養満点のスーパーフードとして日本でも注目されるようになり、少しずつ家庭でのニーズが増えてきているなと感じました」。
2016年には「マスダケール」という独自のブランドを立ち上げ、ネット販売もスタート。さらに「ケールの栽培方法、及び、ケール収穫物」の特許を取得し、ケールの生産を全国に普及させるために取り組んできました。
10年先の未来を想像して、人にやさしい品種改良で新たな品種を創造する

増田採取場は、“人に優しい品種改良”をモットーに、遺伝子組み換えなどを用いず、ミツバチや人の手による交配を大切にしているのも特徴です。
「美味しい品種、耐病性のある品種など、様々な品種を目的ごとに組み合わせていきますが、この作業が本当に大変です。黄色の花が咲く時期にビニールハウスの中で人の手を用いて交配させるため、とても神経を使います」と増田専務。
アブラナ科の交配作業ができるのは、年に1回、花が咲く3月から4月中旬頃のみ。わずか1カ月半の間に集中して行う必要があるため、その期間は従業員やパートさん総出で交配作業にあたるそう。

さらに、1つの品種が完成するまでに少なくとも10年。長いものでは20年近く費やす場合もあるため、成果が出るのはずいぶん先のこと。
「10年掛かっても品種として世に出せるのは、ごくわずか。それでも、たった1つの正解のために試行錯誤を続けています」と増田専務。
もちろん、ケールも同じです。「日本の食文化にケールを定着させる」との目標はまだ道半ばですが、誰よりも早くケールの魅力と可能性に気づき、第一人者として信念を貫いてきた増田採種場。
10年先の見えない暮らしを徹底的に考え抜き、1%の可能性を信じて労力を惜しまない種苗メーカーのみなさんに、私たちの食は支えられてきたのだと感じました。
食を源流から支える種苗メーカーの使命と課題

将来的に気候変動や人口増加によって世界的な食糧不足が起きると予想されており、日本も例外ではありません。そんな中、ケールはひと筋の光になれるかもしれません。
ケールは生命力が強く、そのはじまりは紀元前にさかのぼるとされていることからも、種(しゅ)としてのタフさがうかがえます。また、地域や栽培方法によってはほぼ周年での栽培も可能。基本的に1枚ずつ葉を掻いて収穫するので、女性や年配の方でもキャベツや白菜などのように重さが負担になりにくいなどの利点もあげられます。

増田専務は、「何より種がなければ、野菜はできません。健康的で美味しく、さらに耐暑性や耐寒性、収量にすぐれたケールを開発することは、人類が抱える課題に役立てる大きな可能性を秘めています」と、種苗メーカーの使命を語ります。
増田採種場は、国内に留まらずアジア圏にも進出しています。たとえば、シンガポールで野菜工場を展開する企業と業務提携し、2022年より増田採種場の種で栽培されたケールを現地のスーパーで展開しています。

「シンガポールは日本よりも食料自給率が低いので、栄養価が高い私どものケールに期待を寄せてくれています。マスダのケールが日本はもちろん、世界各地での栽培が広がることで、より多くの人が健康を維持できたらと願っています」と増田専務。
一方で、種苗メーカーとしての悩みも抱えているそう。種の廃棄率です。生産者にとっては生産量に大きく影響する種の発芽率がとても重要ですが、高い発芽率を追い求めれば廃棄率も増えてしまうとのジレンマもあります。
「私どもの種は9割以上の発芽率をキープするため、心苦しいですが、50%近くを廃棄しているのが現状です。廃棄する種を活用して、自然に還元させる仕組みを確立していくのが今後の課題です」と、種苗の難しさも教えてくれました。
旬真っ盛り! 冬こそケールを楽しんで

取材に訪れたのは2024年12月上旬。増田採種場は、静岡県磐田市の本社近くにケールを品種ごとに栽培する圃場をいくつも保有しており、今回訪れたのはその一部。
例年であればこの時季は、多くの品種を栽培している露地畑(通称:ヨーロッパの丘)には、すくすくと育った個性豊かな様々なケールが一面に広がっているはずでした。

「ヨーロッパの丘では、カーリー系のライトキッチンとレッドキッチン、コラード系のスウィートグリーンとジューシーパープルを栽培中です。今年(2024年)は猛暑が長引いた影響で成長が遅れていて……。今回はお見せできず残念です」と圃場を案内してくれた通販部・太田健介さん。
この日も季節外れの暖かさで、日中は上着を脱いで圃場を回りました。

本社すぐ近くのハウスでは、カーリー系ケールの「ワイルドキッチン」や「カーボロネロ」とその幅広タイプ「カーボログランリーフ」を栽培しています。
素人の目には順調に育っているように見えましたが、長年、生産現場に携わっている増田圭祐さんいわく、「まだまだ小さいですね。それに、やっと落ち着きましたが、虫との闘いが大変でした」と、苦笑。

「本来ケールは生命力が強く、ある程度の暑さにも耐性がある野菜ですが、さすがに今年(2024年)のように過度な猛暑が続くと、高温・乾燥を好むスリップスという小さな昆虫やダニなどの害虫に苦労しました」と、異常気象の影響を肌で感じています。

「なんとかここまで育ってくれたので、あとはこれから寒さが深まっていくと、ぐんと成長すると思います」と、少し安堵している様子でした。

また場所を変えて、こちらはコラード系の「ジューシーケール」の圃場。自社商品の「旬搾り青汁グリーンジュース」や「旬搾り青汁GABAケール」、「旬搾り青汁ケール」の原料にもなります。
増田採種場ではケール類の栽培に極力農薬は使わず、「ジューシーケール」については有機JAS認定を受けた畑で有機栽培をするなど、交配だけでなく、栽培にも人にやさしい方法を選んでいます。

見渡す限り、遮るものがない広い平地で育てられており、風の強さをダイレクトに受けます。
「それでも、倒れない。仮に倒れても、自力で起き上がってくるんです」、と太田さん。
この力強さが、生命力にもそして、味わい深さにもつながっているのだなと感じます。

また別の場所に移動したハウスでは、マスダケールの看板「ソフトケール」を栽培。この圃場を管理している生産担当の和久田恭平さんは、「ソフトケールなど品種によっては、一年中収穫ができますが、旬の冬に出回るケールは格別です。グッと甘みが増すだけでなく、葉や茎は柔らかく、厚みを増して食べ応えと味の深みが高まります」と、冬ならではのケールの魅力を教えてくれました。
「予測できない気候変動など、大変なことも多いですが、私どものケールを選んでくださる方々に身体に良いものを届けて、喜んでいただけることがやりがいの1つ」とも話します。

最後に増田専務にケールへの想いを伺いました。
「私たち自身がケールの美味しさや生命力に魅了されています。増田採種場だけでなく、全国には美味しいケールを育てている生産者の方々がたくさんおられます。まずは、旬のケールをきっかけに美味しさに気づき、“食べる野菜”として楽しんでもらえたらうれしいです」
増田採種場(ますださいしゅじょう)
静岡県磐田市上万能168-2
0538-35-8822
https://www.masudaseed.co.jp/